鯛が「今この瞬間」について話す

魚類が自分にとって大切な「今この瞬間」を書き残す

更新される記憶

気付いたら、地元の景色のいい川沿いで、たかひろくんを聴きながら鬼ころしを飲んでいた。



昨日、夕方に家を出た時には、本当は「17時まで空いている雰囲気のいいカフェに行こう」と思っていた。
しかし家の鍵を閉め、自転車に跨った瞬間に「やっぱり地元の神社に行こう」という気分になった。予定を即変更し、自転車を走らせる。

神社の近くにこっそり自転車を停め、通り道にあるカフェに寄ってアメリカーノをテイクアウトした。少しだけ口にすれば、店主のこだわりであるガッツリ濃い苦味が口の中に広がった。


神社に向かって歩きながら、ELLEGARDENを聴いた。流していたのは「The End of Yesterday」だ。
実はこれまで、このアルバムを聴くのは少しだけ抵抗があった。なぜなら前の職場に通うまでの通勤時間に、車内で狂ったように聴いていたからだ。本当にそんなつもりはなかったはずなのに、大好きなものに「あの頃の嫌な記憶」が乗っかってしまうことがあまりに不本意だった。本当はそんなことしたくないのに、でもちょっとだけ、このアルバムを聴くたびに、あの時のことを思い出しちゃってたのが辛かった。


でも今日は何かが少しだけ違うような気がした。特に根拠があるわけではないが。5月のくせに真夏日みたいな、でも夕方になってきたからか思いのほか涼しくなった空気を感じながら、足を神社に向かわせる。「このまま嫌な記憶から、今この瞬間の心地よい記憶に更新してしまえばいい」と思いながら。


私は地元の神社が好きだ。幼い頃からよく来ていて馴染みのある場所でもあるし、神社に手を合わせていつもありがとうございます、と""なにか""に向けて感謝をするのは、少しだけ気持ちを謙虚にさせてくれる気がする。気持ちのリセットみたいな感じ。


別に私は特定の神様を信じているわけではないが、人間が生きて行く上で「神様」というものはきっと必要なのだろうなあと思う。
弱い人間が少しでも"今"を生きやすくするために生み出した「神様」という概念の発明はすごいなあと考えながら、じゃり、と境内の砂利を踏み締める。


境内には大きな木製のパネルが設置してあり、そこには近所の小学校の生徒たちが描いた、運動靴やランドセルのクロッキーが飾られていた。みんなよく頑張って描いている。中にはものすごく上手なクロッキーもあり、絵の上手い子もいるもんだなあと謎に感心した。


風があまり吹いていないせいか、同じく境内に揚げられていた三匹の大きな鯉のぼりが残念そうに項垂れていた。あぁそっか、こどもの日は終わったけれど、まだ5月なんだったっけ。


小さな山の上にある地元の神社は、絵馬殿に入れば町を上から見下ろせる。そこから町を見下ろすのが好きだ。特に、陽が傾いてきて、人の少なくなってきた時間帯にこの絵馬殿に入るのが好きだ。
暗くなったら「神様」にも悪いので流石に退散するが、その限られた時間の中で、音楽を聴いたりしながらこっそりボーッとするのが私のお気に入りだ。


本当はカフェで読もうと思っていた、好きな漫画を引っ張り出して読む。陽が長くなったなぁ。まあ5月だしそれもそうか。夕方5時になればもう真っ暗になっていたのがついこの間のことのように感じられる。


神主さんがじゃりじゃりと境内を歩いている。諸々の戸締りをしているのだろう。そういう微かな人の気配が存在するぐらいがちょうどいい。まだ外は暗くなる気配がない。漫画もキリのいいところまで読みきれそうかな。


結局漫画も読み切った上に、満足するまで景色も眺めてから神社を後にした。この後はどうしよう。
お酒を少しだけ飲みたい気分だ。でも、お店に入るのはちょっとなあ。昼間よりも極端に人の気配が少なくなった町を、少しだけ歩く。
当てもなくふらふらと歩きながら急にあ、と閃いた。思い立ったように近くのコンビニまで走り、酒のコーナーに足を向かわせる。

うーん、これでいっかと思って手に取ったのが「鬼ころし」だった。しかも青い方のヤツね。
でもそれだけじゃあまりに味気なさすぎるので、適当なホットスナックも買った。トータルで300円以内。安。


そうして、町の川沿いまで戻る。落ち着くスポットを探す前に、小さな橋の上で少しだけ、カメラを構える。


先日、たかひろくんがこの町でライブをした時に、写真撮影をしていた場所だ。
できるだけその写真と近いアングルで、誰もいない景色に向けてカメラアプリのシャッターボタンを押す。



そっか。この町に、あの時彼はいたのだな。



誰もいない虚空を撮った写真を眺めながら、およそ一週間前のことを思い出す。


そうして落ち着く場所を見つけて、石のベンチに腰掛けた。町はもうだいぶ夜の色に染まっている。せっかくなのでたかひろくんを聴こう。ワイヤレスイヤホンを耳に装着する。


この町は、いわゆる観光地だ。だが、私はこの町に対してそこまで観光地としてのうまみを感じていない。それは、小さな頃からこの町が自分の身近にありすぎるせいだからなのだろうか。



ここから本当にすぐ歩いた場所に、私が中学2年生の頃に亡くなった祖父の家があった。小さな頃は本当によくこの町を一緒に散歩した。当時この町はまだ観光地観光地していなかったから、夏は柳の木に留まったセミを取ったりもしたっけ。
そういえば、あの店のあの看板に頭を盛大にぶつけて泣いたこともあったっけなとか。なーんか、そんなことをぼんやり考えていた。たかひろくんの声を聴きながら。



観光地としてのこの町に思い入れはそうないが、「自分が過ごした町」としての思い入れは思いのほか強かったらしい。なんだか無性に泣けてきて、ほんの少しだけ泣いた。


この町に残した遠い過去の思い出と、記憶に新しい一週間前の思い出。そういうのが自分の中で混じり合い、そうして記憶は更新されてゆく。

夜のいいところは、一人で静かに泣いても他人に顔を見られないことだ。まあ、ズズ、と鼻を啜ってしまっては意味がないのだが。


iPhoneの電源が切れてしまったので、たかひろくんの歌声も聴こえなくなってしまった。でももう少し川と景色を眺めていよう。真上には金星が輝いている。


通りすがりの二人組の観光客が「水面に映る街灯が本当に綺麗すぎる……!日本にこんな景色があるなんて、感謝しかないね」「また絶対に来ようね」と話しているのが聞こえた。
地元民である自分は、この景色に慣れすぎているのだろうか。自分と全く同じ景色を眺めながら心底「綺麗だね」と話すその二人組のことを、少しだけ羨ましく感じた。


そうしてしばらくして、よっこいしょと夜の川沿いを後にした。思いつくままにふらふらと動いたために、当初の予定とは大幅にスケジュールが変更してしまったが、まあそういうのも悪くない。


そしてこの後、この酔った状態で先日ブログに書いたカフェに寄り、なんだかんだでもう少し長い夜を過ごすことになるのだが、それはまた別の話だ。

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