鯛が「今この瞬間」について話す

魚類が自分にとって大切な「今この瞬間」を書き残す

続・一人になれる場所を探している(そして私とコーヒーの話)

先日、久しぶりに一人で街をふらついた。


ここしばらく、休みのたびにライブで遠征をするような日々を送っていた。そんななので、心は元気であっても体は正直バキバキだった。毎日へろへろになりながら仕事から帰り、くたくたになって寝る。帰宅時間も帰宅時間なので、夜にゆっくりとリラックスできる時間を取る余裕もない。そしてまた、そうこうしていると一日が始まる。


休日に楽しい予定が入るのは嬉しいが、その楽しい予定でゆっくり休める、一息つけるかはまた別問題だ。楽しいをするにも休息がいる。昔はもっとスタミナがあった気がするけど、でも疲れてるんだからしょうがない。


街に出る前。まずは気の済むまで二度寝をし、昼前に起きて、そのままゆっくり風呂に入った。


陽の明るいうちに入る風呂が好きだ。理由は分からないが、多分メチャクチャ""娯楽""としての風呂を楽しめるからだと思う。なんかこう、夜に入る風呂は「タスク」って感じがするじゃん。
あとはシンプルに水が好きだ。できれば水は大量であればあるほどいい。池や川や水族館なんかで大量の水を見るのも好きだが、大量の水に体ごと浸けるのがやっぱりいい。


風呂でやることは様々だが、まずはとにかく熱い湯を張る。タイマーを持ち込んで、5〜10分浸かって、冷水のシャワーを浴びる。これを何セットか繰り返す。こんなことをしていれば、自ずと入浴時間が1時間だの2時間だのになる。時間のない夜にやるのは難しい。
気分に合わせて、風呂場にタブレットを持ち込んだり、防水スピーカーを持ち込んだりもする。昨日は防水スピーカーで音楽を聴いていた。iPhoneを持ち込むこともあるが、風呂では何も考えたくない(というか交互浴で頭がボーッとする)ので、昨日は持ち込まなかった。数時間SNSから離れて「なんちゃってデジタルデトックス」をするだけでも全然違う気がする。


「ガッツリ風呂に浸かると疲れが取れる」という感覚が芽生えてきたのはいつ頃からだろうか。わりと最近な気がする。昔は別に、そんなこと思わなかったんだけどな。やっぱ歳かな。





もう梅雨入りの時期だろう、昨日の雨はなかなか止みそうになかった。まあそれでも関係ないな、と街に足を向かわせる。





どこに行こうかなと足を迷わせながら、この街でずっと昔から営業している喫茶店に入った。平日の上に雨だからだろう、店内にお客さんはいなかった。店主のおばあちゃんが「いらっしゃい」とこちらに明るい笑顔を向ける。どんよりとした雨の鬱陶しさも吹き飛ぶようだ。


しばらくメニューを眺め、クリームソーダとフルーツパフェを頼んだ。


クリームソーダは、実はつい先日飲めるようになった。元々メロンがあまり得意ではなくて、自ずとメロンソーダからも距離を置いていた。それが数年前にフルーツのメロンの苦手を克服したものの、メロンソーダはそのままずっと飲まず嫌いのままだったのだ。


メロンソーダが美味しく飲めることに今更気づいた時、メチャクチャ感動した。あの着色料バリバリ使ってます、と言わんばかりの主張の激しい緑の液体が自分も飲めることが嬉しかった。なんかこう、色がすげーかわいいじゃん。

それがクリームソーダになると可愛さが倍増しになる。バキバキの緑の液体の上にアイスクリームが乗っている。真っ赤に着色されたさくらんぼが乗っていると更に最高だ。


フルーツパフェに乗っていたさくらんぼをわざとクリームソーダの上に乗せる。うん、よりかわいい。


フルーツパフェも、純喫茶で出てくる超王道の「これでいいんだよ」と言いたくなるようなフルーツパフェだった。最高。これでいいんだよ。

しっかりと絞られた生クリームと共にフルーツを口に運ぶ。
んん????なんか生クリームがめちゃくちゃうまい……普段食べてるのと全然違う……????


そんないい意味での違和感を感じながらフルーツパフェとクリームソーダを完食完飲した。


お会計を済ませ、ありがとうございました、と店を出ようとした時、「うちの生クリーム、他の店と全然違うでしょう!食べた人はみんな言うのよ。美味しかったでしょう、お店で全部仕込んでんのよ」とおばあちゃんに声をかけられた。


それから店先で、しばらくおばあちゃんと話をした。生クリームだけじゃなくて、ミルクセーキや、あんみつの寒天もこだわって仕込んでいること。もう50年以上、同じ場所で店を構え続けていること。更に、モーニングやランチについても。
商品の味を、お客さんを大切にしている姿勢が伝わってくるようで、胸がじんわりとあたたかくなる。


「ありがとうございます、また来ますね」
「ありがとう、また来てね」


そう返してくれたおばあちゃんの笑顔が素敵だった。
多分きっと、こうやって人は「またあの店に行こう」と思うのだろうな。




お店を後にしたのはいいものの、まだちょっと物足りない。せっかくなら、と近くにあるもう一件のカフェに向かう。



平日の雨の日だというのに、こちらは4組ほどの先客がいた。「奥の席ですいません」と、小さな窓が近くのソファ席に案内される。


雨のくせにフルーツパフェとクリームソーダを飲んだばかりだったので、ホットコーヒーを注文する。
待っている間、店内を見渡す。小さな喫茶店のマスターは大概、注文も、接客も、全てを一人で捌いている。本当にすごいよなあ、といつも尊敬する。


そうこうしているうちに、あたたかいコーヒーが届けられた。フレンチローストなのだろう、このスモークさと甘みの感じられる深煎りが私は好きだ。


よく分からないよな。豆に火を通しているコーヒーは、理屈としては火を通し続ける上で少しずつ炭に近くなる。だから「苦み」こそ強くなれど「甘み」が増すというのはおかしなはずなんだが、人の味覚は深煎りのコーヒーに甘みを感じたりする。理屈や数値だけで語れないものがあるのが、コーヒーの不思議なところだ。


手のひらでコーヒカップを包む。その温度を感じながら、なかなか止みそうにない雨垂れの音に耳を傾ける。



人の淹れてくれたコーヒーに、救われることがたまにある。



別に話をするわけでもない。こっちの事情を知っているわけでもない。それが仕事なんだからというのは元も子もないが、誰かが淹れてくれたコーヒーが、そんな「ひとり」の時間に特別知った風な顔もせず、ただぬくもりと共に、自分のそばにいる。


一人なんだけど一人じゃない。コーヒーを通して、そんな微かな「他人」の気配を感じる。


悪くない。


思えば、私はどうして「一人になりたい」を理由にして、カフェや喫茶店に足を運ぶんだろう。
そこには間違いなく「人」が存在するのに。


まぁ多分、要は「一人になりたいし、一人になりたくない」んだろう。「一人が好きだけど、一人が好きじゃない」とも言い換えられる気がする。
だって本当に一人になりたいなら、家の中から出ないのが一番のアンサーなはずだからだ。だけど私は家から出る。



人間は矛盾を抱えた生き物だ。矛が欲しい時もあれば盾が欲しい時もある。まあ私は欲張りなので、できれば矛も持ちながら盾も持ちたい。その「一人になりたい」と「一人になりたくない」という矛と盾の願いを叶えられる場所が、私にとっては喫茶店やカフェなのだろう。




まだ雨の音を聴きながらぼーっとしたかったので、ラストオーダー前にコーヒーをもう一杯頼んだ。


すると「どうしましょう、次はさっきのと違う豆で淹れてみましょうか?」とマスターが提案してくれた。粋な提案だ。ぜひ、と答える。


「普段はモーニングのアメリカーノで使ってる豆なんですけど、今日はドリップで淹れてみました。さっきのはフレンチローストでしたけど、今度はもう少し浅煎りで、軽く飲めますよ」とのことだった。


一口含むと、先程にはなかった香ばしさと酸味が口に広がった。ああ本当だ、全然違うな。
深煎りはブラックのまま飲むのが好きだが、酸味のあるコーヒーはミルクを入れて飲むのも好きだ。半分はブラックで飲み、残り半分でミルクを注ぐ。その更に半分で、ザラメを少し入れる。



気付いたら、店内の客は私だけになっていた。まあいいか。閉店時間まではまだあるし、もう少しだけ、雨の音を聴きながらコーヒーを飲んでいよう。



満足するまでぼーっとしたので、お会計に向かう。
すると、ここでもまたマスターに話しかけられた。
なんだ、今日はそんな日なのだろうか。


「うちの豆、近くのコーヒー屋から仕入れてるんですけど。本家のお店は、ガブガブいけちゃう淹れ方をしてるんですけど、1杯目の深煎りなんかは、僕の解釈では、とろみがあるぐらい濃くしたくて。なので、向こうで飲むとまた全然違いますよ。」




帰り道、傘に落ちる雨粒の音を聴きながら、ああそうだ、私はコーヒーのこういうところが好きだったんだ、と思い出す。


同じ豆でも、その人の淹れ方、その人の解釈で味が全く変わること。よく言う「この淹れ方で淹れるとお店と同じ味が出せますよ」みたいなのは、それも正解の一つなんだろうけどそれを「正義」だとするのは私はあんまり好きじゃない。なぜならその「淹れる人によっての味の違い」が好きだからだ。なんかそのバラつきに「人間味」を感じるのだ。
型にはまった、形式ばったコーヒーは面白みに欠ける。なんかこう、私はそんな、コーヒーの自由で正解がないところが好きなのだ。



実を言うと、マスターの言う「本家のお店」には一度行ったことがあった。でも私は、同じ豆でも「マスターの解釈の味」を好きだと感じた。



あぁそうだ、私はコーヒーのこういうところが好きだったんだ。


なんだかしばらく忘れていたことを思い出したような気がした。


そうだな。雨の日に喫茶店で飲むコーヒーも悪くない。


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